教育について

■教育のみに望みがあるU

治安の悪さを実感

 今年の夏、フィリピンのマニラに2週間滞在しました。雨期と乾期しかないうえに台風シーズンの時期に、よく行きましたねと言われそうですが、確かに天候のお陰で大分活動が制約されました。現在、白鳩幼稚園ではフィリピンから英語の先生が来ておりますが、その先生に案内をして貰いながら、学校や教会を訪問しました。マニラの感想を一言で言えば、危険・汚い・貧しい・安いということになるかなと思います。

  まず言われました。「ホテルから外は一人で出歩くな。」そして、どこに立っているガードマンも拳銃を携帯しておました。教会の出入り口にも拳銃を携帯しているガードマンを見た時は、やはりショックでした。宣教師といっても伝道する人達だけではなく、地域の人々のために教育や福祉にたずさわる様々な人たちがおりますが、そういう宣教師達の子弟の学校、アメリカンスクールですが、そこを訪れた時などは、二人いたガードマンのうち、一人は片手にショットガンを持ちながら、ゲートを開け閉めしていました。「ウワー!」という感じで、もう言葉もでませんでした。

 

マニラの学校

 市内の学校という学校はフェンスでがっちりと囲まれており、子どもの送迎は各家庭の責任というのが原則のようです。登下校の時は、学校の前はすごい交通渋滞です。道路の車線は狭く、何でも有りの運転の仕方には、とにかく驚きました。フィリピンにも信号機があるんだと気がついたのは3日目でした。

  一軒の家がそのまま学校になっていたりするのですから、グランドがありプールや体育館あるのが当たり前の日本の学校のイメージからすると、かなり国の規制が緩やかなのだなと思われます。そして、一クラス40人は当たり前、40人いなくても教室のすし詰めも当たり前でした。公立も私立も教室はすし詰めでしたが、全員が授業に取り組み参加していました。どの子どもにも学ぼうとする意欲が感じられました。40年前、50年前の日本の学校の様子だと言えるかもしれません。

  貧しさの故の不登校の子どもはいても、勉強から逃走する子ども達はいないそうです。たまたま公立小学校の3年生のクラスを参観しました。なんと90分授業でしたが、しっかりと授業は成立していました。日本では30人学級が検討されていますが、1学級の人数が減れば、学校が良くなるのでしょうか。生徒の成績が上がるのでしょうか。すし詰めの教室で目を輝かせて学んでいる子ども達を見ると、果たして数の問題かなとつい思ってしまうのです。

 

佐久市には不登校が多い

 ところで、佐久市には18小学校・7中学校ありますが、全体で不登校の生徒の数がどれ位になるかというと、平成12年度から16年度まで小学校では30人台、中学校では12年度130人、16年度には150人もいるのだそうです。各学校、各学年、各学級当たりにすればたいした数ではないと思われる方もおられるようです。それって、どこかおかしい、と思われませんでしょうか。この数字に危機意識を持つべきではないでしょうか。社会人になって、働いてしっかりと税金を納めることのできない大人が毎年150人ずつ生まれているのだとしたら、本当に大変なことです!

 どなたもご存知のように、小学校入学を間近にした子ども達の喜びは大変なものです。学校へ行くのが楽しみでしかたない。早く勉強がしたくてたまらない、とにかくやる気満々です。6年後中学生になるとどうでしょう。望月中学校の丸々1学年分以上の生徒が不登校になるという状況なのです。しかもこの数は学校から教育委員会へ過小申告されている節があるようで、氷山の一角ではないかと言う人さえいます。

 学校や勉強に期待を抱き、意気揚々と卒園していく子ども達を見続けておりますと、「どうして?」、「何故?」という想いが起こらざるを得ないのです。「何故?」と言って原因を問い、因果関係を問うなら、学校が悪い、家庭が悪い、ということになり、悪いところを改善すればよい、という議論しかなりません。学校が悪く、家庭も悪いのかもしれません。ひょっとしたら就学前の幼児教育段階で決定的に将来に影響を及ぼすような不十分なところがあったのかもしれません。病気や怪我なら悪いところを特定し、そこを治療すれば済みます。しかし、病気や怪我でさえ診断をし治療するという臨床的な対応だけでは不十分です。怪我をしないように注意をする、病気にならないように体力を付ける、という予防の面も必要です。子どもの教育においても同様なこと言えると、私は思っています。

 

早急に対策を

 不登校が多いのは非常に大きな問題です。この問題に対応するのに、原因はどこにあるのか、学校か家庭か、原因を突き詰めてそれ取り去れ、という議論になるか、だから市内の全中学校に臨床心理士を派遣しよう、という議論になるようです。問題の教師を更迭し、家庭に厳重注意をし、臨床心理士を派遣するというのも誤った対応ではありませんが、教育的対応としては、それだけでは、つまり臨床的対応だけで十分だということにはならない、と思うのです。現在佐久市の小中学校に早急に求められていることは、確かな不登校対策の方策を示し、それを実施することであると思われるのですが、どうでしょうか。

 

予防対策も

 学校が荒れる、不登校が増える、暴力事件が起きるということは、ある日突然に起こるというものではありません。様々な複合的な要因が重なり合って起きてくるものだと思われます。問題があり、犯人を逮捕して一件落着ということで終わりには決してならないと思うのです。

 

教育の根本的解決

 学校教育や子どもの問題の根本的な解決は、学校が学校になるしかないと思います。古い、時代遅れだというそしりを恐れずに言えば、『学校は本来勉強するところだ』と思うのです。学校で勉強するということは、基本的には知識を習得するということ、知識を蓄えるということ、覚えるということ、暗記するということです。ところが、子どもの自由や気持ちを尊重しなければならない、創造性を養わなければならない、受験戦争はかわいそうだ、詰め込み教育は良くない、・・・というような考え方が浸透しております。極端なごくごく一部の状況を全体がそうであるかのように思いこんで、学校教育を論じる人々がなんと多いことでしょうか。

 

次回へ続く

理事長:小林一正

 

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